2010年、茨城県の後継者育成研修を受講。
1年間の研修期間で、帯1本、反物2反の下拵えから織りをしっかりと学び、
研修後は機屋さんに所属し結城紬の機織りに従事するという内容。
研修生4名のうち、自宅から通っているのは私のみ。
3人は遠方からの参加者で、アパートを借りて参加。
「気合いが違うなー」と心から尊敬しておりました。
初心者4名の下拵えは、笑っちゃうほど時間がかかります。
まずは「機結び」の練習から。
手つむぎ糸は、切れるのが当たり前。
初心者には、結ぶのも一苦労。
しかも、上手く結べず、すぐに解ける!
とにかく、大変な作業が続くのですが、明るいメンバーに囲まれて、
いつも笑って作業していた記憶があります。
さて、1年間の研修を経て、機屋さんに所属。
その当時の機屋さんの状況は、
下拵えと外回り、の他に、なんでも担当する社長。
機織りと下ごしらえも担当する奥さん。
通いの織り子さんが2名。
自宅で織っている織り子さんが数名。
そこに、私も含め新人2名が追加。
常に機織りの音が響いて、賑やかでした。
週6日、手際よく細かい絣の反物を織っていくベテランの先輩の横で、
亀のようなノロノロペースの私。
お昼とお茶の時間は、たっぷりとおしゃべりタイム。
産地の昔話や現状、織り子になったきっかけや、織り賃の話。
織り賃は減少傾向、反物検査は年々厳しくなる、生産反数は減る一方。。。
暗い話題が多いのですが、みなさん底抜けに明るい!
織りが好き、おしゃべりが好き、お出かけが好き。
月一回のランチ会、年一回の遠くへお出かけ。
10年以上、現在まで続いている、織り子仲間の恒例行事です。
通っていたのは1年ですが、とても充実した時間でした。
2年目からは、自宅にて機織り。
織りはじめは、一日に何尺織る!と目標を決めて、
コンスタントに織っていたのですが。。。
妊娠、そして、育児しながらの機織り。
思うように進まず。
安定した現金収入が必要かも?と。
パートタイムのお仕事を掛け持ちすると、
さらに、織りのペースが落ちてしまう。
そして、コロナ禍。
結城紬の生産反数はさらに減少。
今後の機織り生活、どうしよう?
と考えはじめた時に思いついたのが。
「注文がないなら、自分で立ち上げてみるか?」
こんな流れで、nanohana orimono を立ち上げました。
